初代講元 二代講元・布教所の設置 二代会長 三・四・五代会長
■二代講元
  初代講元出直しで、大森喜弥太から羽沢春松に貸したのだからと間借りを断られ、
荒澤村大字浅沢字五日市の大家の裏の山岸に小さい小屋を建て、秋田県鹿角郡玉内の工藤
定吉が講元の代理を務め、続けて荒澤村字湯の沢の伊藤吉太郎が講元となり布教を続けた。
■宣教所の設置
 大正13年10月30日荒沢宣教所のお許しをいただき、翌14年4月9日地方庁からの認可あ
り、現敷地(岩手県二戸郡荒沢村大字浅沢字五日市39の1)を購入した。
 伊藤孫太が中心となり木材を調達、藤本多蔵が棟梁となり教会を新築し、昭和11年5月10日
に鎮座報告祭が賑やかにつとめられ、初代所長に佐藤佐一郎(後の鹿角分教会二代会長)が任
命された。