二戸支部でよふぼく成人講座があったので、参加させてもらった。進行みたいなこともやったので、とてもためになった。
いろんな人と話をしていると、ためになることもあるし、その人の態度に?となることもある。そういうときに落ち着いて話をしてみると、なるほどそういう事情があったんだ、ということに気がつくことができることがしばしばある。態度やちょっとした言葉などで、その人に不足をつけてはいけないといつも思っているが、なかなかうまくいかない。きっと高慢なんだろう。
それと似たようなことで、人の陰口やうわさ話を聞いてしまうと、その人に対してそういう目で見てしまいがちになる。そういう話を聞いていると、さも悪い人のように思ってしまうが、でも実際本人と話をしてみると、確かにそういう癖はあるけれど、人が言うほどそんなに悪い人ではないなぁ、と思うことがしばしばある。
夫婦喧嘩とかもそうだと思うが、こういうことは双方、当事者の話を聞いてみないとわからないもので、そうしてから始めて原因というか全体像が見ることができる。片方のことしか見たり聞いたりせず、その人を責めたりすることは、間違っていることだと思っているが、そもそもそういうことはあまり聞かないようにしたほうがいいのかもしれない。
しかし、人を悪く言うのもそうだが、こういうことはなかなかそうはできないもので、自分も昔そうであった。まあ、やっぱりこういうことはよくないなと思い、言わないように心がけようとしてきたけれど、当時を思うと、なぜか人の悪口やうわさ話は楽しく、そういうことが会話の中心になっていたもんだった。世の中の主婦がそういうことに躍起になって話をしている気持ちが非常にわかる^^
教祖のお言葉で「ほこりはさけて通れ」というお言葉があると聞いたことがあるが、こういうことを指しているのだろうか。もちろん人の悪口はいわないのは当然として、そういう話が始まったら席を立つぐらいの根性が必要かもしれない。つくづくお道をまっすぐ通ることは難しいことだと思う。
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