何気ない会話の中で、
「おさづけはもらってからが大変ですからね。使わないとだめですから」
「そうです。でもそれがわかってれば大丈夫です。行っていないととんとやら なくなりますし、無理にでもやっていればそのうち勝手にやるようになりま すから^^」
よく学ぶおさしづのなかで、 『〜反対するもかわいい我が子、念ずるものはなおのこと。なれど念ずるものでも用いねば反対どうぜんのもの〜』(明治29年4月21日)
この方がどういうものを読んで言われたのかわかりませんが、私としては、おさしづだけでなく、教祖から教えて頂いた天の理に関すること全般が、上記のおさしづにあたるのではないかと思っています。
ようぼくになったからとりあえず、ということではなく、言われた通りなってからが本当のスタートだと思っています。
やはり「いちめいいちにん」という言葉は大事だと思います。一人一人が教えを実行するからこそ意味があるのであって、そうなってくることで、津々浦々で親神様のお働きが現れてくることができるのではないのかな、と思っています。
私ももっと成人させて頂いて、頭のなかだけで理解するだけじゃなく、実際に実行できるようになっていきたいものです。
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